東京高等裁判所 昭和30年(う)340号 判決
被告人 相馬久
〔抄 録〕
弁護人の論旨第一点及び被告人本人の論旨第一について。
所論原判示第一の強姦未遂の事実は、原判決援用の関係証拠によつて優にこれを認めることができる。右援用に係る被害者喜岡マサエの司法巡査に対する供述調書並に同人の検察官に対する告訴調書等によると、被告人は所論のように同女の承諾を得て関係しようとしたものでなく、原判示の如く突如、同女の背後から抱きつき、同女が大声を挙げて救いを求めるや、同女の口を手で塞ぎ、胸倉を掴んで引つ張る等の暴行を加え、その反抗を抑圧しつつ強いて同女を姦淫しようとしたことが明らかである。その間において、仮に所論の如く、同女が「許す」と一言洩らしたことがあるとしても、その直後における同女の行動、すなわち、その場から逃れようとして極力被告人に抵抗し、同女の手首を掴んでいた被告人の手を振り切つて逃走した情況から推して、右の一言は固より真意に出たものでなく、その場逃れのための偽言であると見るのが相当である。その他記録を精査しても、原審の右事実認定に誤があるとは解し得ない。論旨は何れも理由がない。
弁護人の論旨第二点及び被告人本人の論旨第二について。
原判示第二の事実を原判決挙示の証拠と対照して考察するに、所論スイス製八型腕時計を被告人が最初に把持したのは、原判示第一の強姦未遂の犯行に際し、被告人において被害者喜岡マサエの左手を掴み、同女を附近に拉しようとしたけれども、同女がこれを強く振り切つて逃れ去ろうとしたため、そのはずみに同女の左手首につけてあつた所論腕時計のバンドが切れた結果であることが明らかである。而して刑法第二百五十四条にいわゆる占有を離れた物とは、同条例示の遺失物、漂流物等の如く、原占有者の意思によらずして占有を離れた物を指称するものと解すべきであり、本件の如く強姦の手段たる暴行によつて瞬間的に占有者の所持を離れたに過ぎない場合には、その物件はたとえそれが被告人の手中に落ちた物であつても未だ被害者の占有を離脱した物ということはできないのである。しかも、被告人は所論腕時計を把持するや否や、咄嗟に自己に領得する意思を以てこれを持ち去つたことが明認し得られるので、右被告人の所為が占有離脱物横領に問擬せらるべきでなく、窃盗罪を構成することは、疑を容れないところである。従つて原判決には、所論のような事実誤認ないし法令の適用の誤は存しない。論旨は何れも採用するを得ない。